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大河「いだてん」に中村勘九郎出演!金栗四三って誰!?

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大河「いだてん」に中村勘九郎出演!金栗四三って誰!?

これまで数々の歴史上の人物について、その人生をドラマチックに描いてきたNHK大河ドラマ。第58作目となる「いだてん」では、中村勘九郎、阿部サダヲがリレー形式で主演を務めることになった。

そんな彼らが演じるのは金栗四三(かなくりしそう)と田畑政治。これまでの大河ドラマで取り上げてきた戦国武将や維新志士ではないので、「……誰、この人」と思った方も多いのではないだろうか。

「知られざる1964年東京オリンピックの歴史」がテーマとなる今回の大河ドラマ。新春の番組スタート前に、その登場人物について少しおさらいしておきたいと思う。

■日本スポーツ界に名を残した登場人物

大河ドラマ出演は2004年の「新撰組!」以来となる中村勘九郎。リレー形式となるストーリー前半「スポーツ維新『ストックホルム大会』編」では、主役の金栗四三役を演じることになった。

さて、この金栗四三という人物だが、1891年の熊本県生まれ。病弱な幼少期を過ごしたものの、小学校に入ると往復12kmの道を毎日走って通学することで体力をつけ、長距離走が得意な少年へと成長している。東京高等師範学校(現・筑波大学)への進学後は、徒歩部(陸上部)に所属し、長距離走の大会で好成績をあげるようになった。

そんな金栗の活躍を称え、さらなる研鑽を後押ししたのが、かの“柔道の父”こと嘉納治五郎だ。当時、東京高等師範学校の校長だった嘉納は、のちにアジア初のIOC(国際オリンピック委員会)委員となり、日本人初のオリンピック選手となる金栗を各方面から支える存在となる。

ドラマでは25年ぶりの大河出演となる役所広司が、嘉納治五郎を演じる。彼の熱い演技が、近代日本スポーツの誕生に情熱を燃やした嘉納の人柄にどうマッチするのか。ぜひ注目したい。

■世界記録樹立、オリンピック3度出場

1911年11月、翌年のストックホルムオリンピック開催に向けて、日本で初めてオリンピックの国内選考会が開かれる。この選考会で当時のマラソン世界記録を27分縮める驚異的な成績を上げ、見事優勝したのが金栗だった。

これによって、金栗は翌年開催のオリンピックの日本代表に選ばれる。ただ、船による長旅の疲れの影響もあったのだろう。大会ではレースを途中で棄権した。ちなみに、当日はあまりの猛暑に68人中34人の選手がリタイアするという、今からは考えられないほど過酷なレースだったようだ。

その後、金栗は第7回アントワープ大会(16位)、第8回パリ大会(途中棄権)と合計3度オリンピックに出場するものの、期待されたような結果は残すことができなかった。しかし、“日本人初のオリンピック出場”、そして“3大会出場”という、日本スポーツ界に輝かしい歴史を残した金栗の功績は、その成績以上に偉大なものだ。日本人のオリンピックにかける夢にスポットを当てる「いだてん」というドラマの主役にふさわしく、欠かすことのできないキャラクターであることは間違いない。

■それだけではない、金栗四三のドラマチック人生

今回、「いだてん」の脚本を手掛ける宮藤官九郎が、金栗四三を主人公として取り上げたのは、先に述べたような彼の功績も大きいだろう。ただ、それ以上に嘉納治五郎をはじめとする彼を取り巻く魅力的な人物の存在、そしてスポーツに関する彼のエピソードが実にドラマチックであるという点も、大きかったのではないかと推測される。

そんな、彼のドラマチックなエピソードをいくつか紹介したい。

●ストックホルム大会ではレースを棄権した金栗だが、実はその情報が大会運営者に伝わっておらず、「棄権」ではなく「失踪」という状態になっていた。大会の55年後、同地で開かれた記念行事に招かれた金栗はスタジアム内を走り、同大会の最終ランナーとしてゴールテープを切る。記録は54年8ヶ月6日5時間32分20秒。これはオリンピック史上最も遅いマラソン記録となった。

●ストックホルム大会の終了後、復活を期すべく金栗が行ったのは、自分にあったシューズの改良。近所の足袋店「ハリマヤ」の主人・黒坂辛作とともに試行錯誤を繰り返し、のちに「金栗足袋」とよばれる、数々の長距離ランナーに愛用される国産ランニングシューズの原点となる製品を完成させる。(ちなみに、「いだてん」で黒坂辛作を演じるのはピエール瀧。大ヒットドラマ「陸王」での彼の役柄と被せてみると、一層おもしろい!)

●東京への遷都50周年記念博覧会の協賛事業として企画された、京都-東京間のリレー形式での長距離走開催に奔走。嘉納治五郎を大会委員長に担ぎ上げて、1917年に「東京興都記念東海道五十三次駅伝徒歩競争」を実現させる。これが世界初、日本初の駅伝大会となる。

●2人の陸上仲間とともに、アメリカ大陸を横断するという壮大な駅伝大会を企画。早稲田大学、慶應大学、明治大学、東京高等師範学校の4校による予選大会を、東京-箱根間を舞台に開催した。これが現在も正月の風物詩として続く、箱根駅伝の第1回大会である。

……という具合に、まさに彼の人生は仰天エピソードの宝庫。宮藤官九郎好みのキャラクターであることを、容易に伺い知ることができる。宮藤官九郎がその劇的な人生をどう描き、中村勘九郎がどう演じるのか。オリンピックの歴史に燦然と刻まれた“日本マラソンの父”、金栗四三の人物像とともに注目したい。

(文/杉崎孝志@iPPON COMPANY GROUP)

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